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深センー北京西、京九線T108次特快乗車記

05年10月26日乗車 著者:ボーゲン管理人

*文章および画像は著作者にあります。したがて無断使用は厳禁!!


深センー北京西を結ぶ長距離特快、T108次


【列車紹介】

 T107/8次は北京西ー深センの京九線を結ぶ特快であるが、2001年10月の第4次提速時に誕生した若い列車である。この区間を23時間半で結び、全線複線のおかげもあって平均時速は100キロ。ほぼ非電化区間を走るため、牽引機はDF11であることが多い。
 従来京九線は96年7月に開通した時は48時間超だったので(105/6次普快)、随分早くなったもんだ。
 もっともその48時間かかった列車は現在、K105/6次に格上げされたが、途中停車駅が多いため30時間はかかる。香港に行くには直接香港に行くT97/8次の次に早く、降りて深セン駅を出てすぐ5分ほど歩けば羅湖出国検査があるので、歩いて香港にいける。羅湖駅から香港市内に行くKCRの電車が走っているのでそれで香港の中心に行ける。

T107/8次は広深鉄路段に所属し車庫は広州東車両基地、ダイヤ運行は以下の通りである。

T107次:北京西20:30発車 翌20:00深セン到着
T796次:深セン20:56発車  22:09広州東到着
T795次:広州東13:21発車  14:37深セン到着
T108次:深セン15:52発車 翌15:22北京西到着

 T795/6次の広州東ー深セン区間往復はいわゆる間合い運転で、車両基地が広州東にあるため区間往復に乗客を乗せようという意図がある。サボはそのまま『北京西ー深セン』。しかし乗車できるのは4両ある硬座のみで、そこから先は入れない。乗車時間は1時間20分ほどだが、鉄道従業員による車内実演販売が2回ほどある。もちろん買う必要は全く無い。

 T107次は北京西駅(当日を含めて4日前から発売する)からだとたまに(混む時期)軟臥及び硬臥で意味の無い切符発売制限が行なわれているため、買いづらい。買う前に一回、切符売り場での残数を確認をした方がいいかもしれない。
 T108次は深セン駅発(当日を含めて6日前)からだが、これは広州市内からでも買える。こちらは切符発売制限が行なわれていないので買いやすい。軟臥は買えるうちに早めに買っておくことに越したことは無い。

T107/8次の編成
《深セン》機関車+荷物車(1)+硬座(2〜5)+食堂車(6)+軟臥(7)+硬臥(8〜17)+電源車(18)《北京西》

 とまあごく普通の特快編成である。そのなかで軟臥だが造りは良く、四方客車製の01年8月で、丁度01年10月に北京ー上海で走り始めたT特快の高級軟臥と同じラインで製造されたかどうかは分からないが、個室内の内装は木目デザインで日本と同じ2穴タイプの電源が備わっている。
 通路にも2箇所それぞれ2穴と3又穴と2つづつある。この列車では通路で充電を行なっても特に注意されることはなさそうだ。そのため、軟臥は人気が高く、空いているならば硬臥の乗客が乗務員に軟臥の切符を売ってくれるように相談する光景が幾度と無くみた。
 ちなみに軟臥切符は深センで全て販売するのではなく、次の停車駅である恵州駅でも幾らか発売を行なっており、恵州駅から乗車してくる乗客もいた。だったら硬臥1両潰して軟臥1両増やせばいいと思うのは自分だけか。ちなみに翌日安徽省の阜陽駅で軟臥の乗客2人が降りた。

軟臥内部テーブルに置かれている豪華卓上セット

【乗車記】

 26日の午後広州東駅に行くが、この日あちこちに「本日から広深鉄路ICカード切符使えます」と張り紙が貼ってあった。たしかに広州駅、広州東駅及び深セン駅は、カバーのかかている自動券売機が何台も置かれており、自動改札機まで置かれていた。今後、広州(東)ー深セン間の城際特快ではこのIC切符が主流となり、従来のペラペラ赤紙切符はなくなる模様。
 IC切符は裏に乗車する列車番号や座席、日付、料金等が書かれているが、これは駅から出るとき自動改札機により回収されるので切符のお持ち帰りは出来なくなった。
 しかし自動券売機コーナーに行くと、『使用暫停』と張り紙があり、機械は使えず。結局何のための自動券売機なのか意味が無かった。むろんその辺に転がっている家畜と変わらない駅員に聞いても白痴と文盲の寄せ集めなので分かるわけが無い!!

さすが中国鉄道だ!(機械が壊れて乗客に迷惑をかけようとも)何ともないぜ!!

 と周りの駅員に当り散らしながら、間合い運転のT795次に乗る。18両あっても乗れるのは120人用の硬座4両のみ。2等座席とはいえ硬座とはホントに人民をただ車両に詰め込むだけの檻みたいなもので、さいわい新型車両だから清潔で何とか耐えられるものの、これが緑皮車のフル乗車だったら1時間で欝になります。
 乗車間際に買った切符で4両目は空いていたので好きな席に座ることが出来た。この列車は途中、東莞駅に停まり、半分の乗客はこの駅で降りて、またその分乗車してくるので人数は変わらない。
 この列車は広州東ー深セン間で余分な車内販売を行なっており、広州東ー東莞間では健康な?数珠。東莞ー深セン間では擦り切れない靴下を販売していた。しかしスーパーで買ったほうがお得なのは間違いない。商品を宣伝する従業員の声がうるさいのが気に入らなかった。

 14:37定刻に深セン駅に到着。最近ずっと改装工事を続けていたが、大分終わったみたいで、北側の建物を残すのみとなった。
こちらでもIC切符の案内があったが、運用開始は27日と書いてあった。全くどっちがどっちなのか全く統一性の無いところが中国らしい。

 深セン駅は候車室が大まかに2つ分かれていて、1つが城際特快用、もう1つは長距離旅客用で長距離旅客用に軟臥候車室や母嬰・老人室、軍人室があるが、表示されている箇所が少ないため発見することは難しい。空港並みに立派な赤外線荷物検査から左手の奥に専用室はある。こちらはそんなもんあるとは知らなかったので、普通の候車室でものすごい人ごみを掻き分けて最前列に並んだ。

 ほかの列車の候車区はガラガラだが、T108次のところだけ激混み。それだけ乗客の需要が多いのだろう。空港並に大きい空間を持つ巨大な待合室だ。ホームへのエスカレーターは巨大な空間の真ん中にあり、周りを腰までの高さの柵でそれぞれのエリアに仕切られている。乗客は真ん中のゲートを通りホームに下りなければならない。
 乗車30分前から切符改札が始まるが、優先は先に紹介した3つの専用候車室の乗客が目の前を通過し終わるまで切符の改札は始まらない。通過するゲートは自動ドアに変わったが、切符切りは相変らず人海戦術で、技術力のアンバランスな中国を象徴している。長距離列車の自動改札化はあと100年はかかるだろうな。人民も機械化の波に追いつけないし。

 列車は先ほど停車したホームと同じホームで待っていた。7両目なのでちょっと階段から遠い。今回の乗客構成はいたって普通の中国人に日本人乗客が1名いるだけ。同じ軟臥の乗客の中で大きな荷物を4袋も抱えて乗車してきた夫婦がいた。おかげで個室上の荷物置き場はあっという間に埋まる。引越しでもするのかな?仕方ないので自分の荷物はベットの下にしまった。

 列車は15:52に日の傾きつつある深センの午後を出発した。南とはいえもうじき11月で日の入りも早くなっているし、朝夕は涼しい。夏から秋を通り過ぎて一気に冬に行きそうな気配だ。幸い広州は気温が大体22℃〜30℃なので北に位置する北京や上海と比べて暖かいといより昼間はかなり暑い。北から南に行く方は薄着で十分だが、逆に北に行く人は衣服の着る量に注意をしてもらいたい。
 想像している以上に寒いし北京は10月下旬でもう最低気温が零下なので広州スタイルだと風邪を引く可能性も出てくる。私?もちろん半袖しか持っていないから自爆しますた。

15元の弁当T107/8次のサボ

 走り始めて右手に機関区が見えてくる。見る電気機関車はほとんどZ列車牽引でお馴染みのSS9G機関車。この機関車は武漢地域ー深センを結ぶ特快、快速専用の牽引機で広州だと昼間はなかなか見ることが出来ない。またディーゼルであるDF11Gも泰州ー深セン間快速で牽引を担当している。あとは専用のSS8とDF11なので深センは高速機関車のるつぼである。
 列車は始めは広九鉄路の線路を北に進むが、樟木頭で貨物線に入り、東莞手前で恵州方面に左にカーブする。そして5分ほど走ると東莞東駅が見えてくる。T107/8次はこの駅は停まらないが、この駅からだと始発で成都行きや南京西行きがある。
 東莞東駅を通過中、最近走り始めた武昌ー恵州の2階建て寝台、K400番台快速が停まっていた。また目の前には軍事用貨物が停車している。広州東付近でときたま軍事貨物列車通過を見ることがあるので、恵州あたりに軍事基地でもあるのだろう。東莞東を通過し終えると、かつて前進蒸気があった名残で機関区にターンテーブルが残っており、昔の活躍を思い偲ばせる。

 恵州に17:10に到着。少し遅れている。停車時間は2分ですぐ発車した。この駅でもごく僅かであるが、軟臥切符が販売しており、この駅から軟臥に乗車した乗客がいる。

 恵州駅を発車したあと、夕食の案内が放送される。食堂車に行くと既に席はいっぱいで、とりあえずメニューを見せてもらう。・・・高い。一品がだいたい野菜類が20元、肉料理は25元〜30元と街中の料理屋と比較すると2倍3倍はする。料金は日本円に換算と日本の物価と比較するとかなり安いのだが、中国に住みある程度その地域の空気に触れていると、住んでいる物価の相場に慣れ親しんでしまい、ちょっとでも他地域で高いと感じると抵抗を覚えてしまう。
 今回は見送りで、車内販売してある弁当(15元)を買った。この弁当の価格設定はほとんどの地域が15元だが、北京鉄路局・広州鉄路局管轄の列車だと20元するときもある。中身はチンゲン菜と卵と肉類他、別にご飯が付く。しかし北京ー上海のZ列車の無料弁当と比較してしまうと見劣りしてしまう(だからZ列車の弁当サービスは如何に重要な要素なのかが分かる)。けれど今は背に腹は変えられないので食べた。

 この列車の服務員はすこぶる態度がいい、乗警までちょっとぶつかっただけでも「対不起」(すみません)と言ってくるのには驚いた。広深鉄路だから民度が高いのか?ともかく従業員の態度がいいイメージは列車のイメージ向上に繋がる。これは中国鉄度の今後において如何に乗客を引き寄せるかを考える上で大切なことだ。

18:50に龍川に到着。もう日が暮れて真っ暗。しかも山岳地帯だから駅を出て5分もすると街の明かりが見えなくなる。幸い複線なので前の列車が支えて途中で止まったりすることは無く、時速100キロを維持しながら闇のなかを黙々と走り続けた。

21時前にはもう横になっていた。23時過ぎ完全に就寝。眠りはちょっと浅かったかもしれない。夜のうちに江西省の南昌、九江を通過し、長江を渡ってしまう。

 翌朝7時。阜陽駅到着前に起きる。阜陽駅は安徽省の田舎駅だが、京九線の開通により合肥、[虫奉]埠、累(+右にさんずい)河(貨物のみ)の路線が集結する安徽省南部のターミナルになっている。ただ、先にもいったとおり田舎駅なので、この駅始発の北京西行きも上海行きも非空調客車なのは仕方が無いが。
 阜陽駅に入る手前、蒸気機関車を見た。煙を上げていなく、また後姿だったので何かは分からなかったが、聞くところによると「前進」らしい。しかし安徽省の阜陽付近だと蒸気の沿線撮影は公安がうるさいらしい。何でうるさいのかが分からない。撮っても減るもんじゃないし。内陸部の田舎だから民度がかなり下の方と考えるしかない。

 阜陽駅を出た後、朝食を摂る。朝食弁当は麺類(ビーフンにお粥)10元だったが、お粥は飽きていたので用意しておいたカップラーメンを食べた。これなら1個3元だから安上がりだ。本来カップラーメンも好きではないのだが、値段を考えると仕方あるまい。

 朝食を食べた後はしばらく景色を眺める。この辺は8年前の大学卒業旅行で後漢の曹操関連の遺跡を探してバスで移動した場所だ。曹操関連の遺跡は京九線の駅だと亳州駅だが、特快列車は停車しない(快速列車は停車する)。あとはまだ眠かったのでしばらく軟臥で横になっていた。

天気は曇りで、雨こそ降りそうな気配はなかったが、肌寒そうなどんよりとした風景だった。

 11:40に聊城駅に停車。これで途中停車駅は最後であとは北京西駅までノンストップになる。華中も華北も変わらない風景。中国の都市部では高層ビルが乱立しているが、ちょっとでも田舎に行くとこういったのんびりとした風景が続く。
お昼ごはんはまた持ち込みカップラーメン。

カミーユ:大尉はなぜカップラーメンなんですか?
クワトロ:他に食べる方法が無いからさ、だから未だに嫁さんももらえん。
(最近このネタばっか・・・)

13:10に河北省の粛寧駅を通過。
15時過ぎに黄村駅(京滬線とクロスする)を通過。もうじき終点。
15:40に北京西駅に到着。同じホームにはT9次重慶行きが停まっていた。

朝の阜陽駅北京地下鉄”改”

 北京西に着いたのはいいが、考えていたよりずっと寒く、広州スタイルの長袖の格好ははっきり言って寒すぎる環境だった。ともかくまずは最新時刻表を買いに北京図書大厦に行き、そのあと予約した北京城市青年酒店に行く。 ホテルに着いた後は上海行きのZ列車の切符を買いに行くが夜はとても寒くて出歩けない。

 T107/8次は長距離列車でもかなりレベルの高い列車に位置する。服務員、乗警の接客態度や業務もそうだが、ごく当たり前のことがきちんと出来ている時点(中国鉄道では日本人が考えている以上にサービスの悪い列車が多い)でB+の評価だろう。ただ惜しむらくは食堂車の料金を華南の物価レベルに反映している点か。食堂車の料金を下げればA−の評価になったと思う。



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