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中国鉄道で行く三国志の旅
湖北省、湖南省、江西省、陝西省
四川省、重慶市、甘粛省


 より多くの方々に中国鉄道を利用して中国各地にある三国志の遺跡、名所に行く方法を紹介します。ただしほとんどが内陸部の田舎にあるので、バス移動の方が快適であったり、帰りは途中乗車という覚悟も必要です。
 今回三国志遺跡の紹介は三国志遺跡旅行で有名なサイト、三劉様を参考にさせていただきました。

中国鉄道で行く三国志の旅1はこちら


湖北省 湖南省 江西省 陝西省 甘粛省 四川省 重慶市

湖北省
武漢
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
亀山公園
魯粛墓
三国志英雄
魯粛
湖北省
武漢市
・北京西駅からZ列車
鄭州から中原之星
合肥から1618次(漢口駅)
・南昌から城際特快がある
・宜昌・襄樊から城際特快
成都からT248次
・広州から列車が数本あり
遺跡の概要
武漢市は漢口、漢陽、武昌に分かれています。中心駅は漢口駅と長江を挟んで武昌駅です。市の中心は漢口です。

亀山公園は漢陽にあり、長江と武漢長江大橋の側にあるので分かりやすい。対岸の武昌は黄鶴楼があります。
亀山公園の山中に三国志の武将像100体魯粛墓赤壁大戦全景画館がある。山の中の地図は入場券の裏に書かれてあるので、道に迷うことはない。尚、漢口駅、武昌駅から市バスでもいけます(1.2元)。

漢江と長江の合流地点は劉表の対孫権の前線基地があったところで、前者は黄祖、後者は劉奇が守っていた。逆に言えば武昌側は孫権の対魏前線基地です。
今は無いがかつて長江の中州の1つに鸚鵡洲と呼ばれる場所があり、腐儒:禰衡の墓がありました。中州のあった場所は武漢長江大橋の近く。また黄鶴楼側の長江沿いは黄蓋が陣を置いたと言われる場所があったところです。
列車でのアクセス
北京西駅からはZ列車がお勧めです。 鄭州駅からだとT501次中原之星が走っています。
合肥駅だと夜行で1618次がある(20:55→5:26漢口駅終点)。南昌から城際特快があります。
宜昌襄樊から城際特快が出ています。 広州からも列車が数本あります。成都からT248次(15:07-8:02)。
武漢亀山三国英雄:曹操 武漢亀山三国英雄:禰衡 武漢亀山三国英雄:赤壁館
赤壁
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
赤壁古戦場
曹操
周瑜
孔明
湖北省
赤壁市
なし
(武漢からバス移動)
遺跡の概要
赤壁古戦場
208年、曹操軍と周瑜率いる孫権軍が戦い、曹操軍が負けたところです。『三国志演義』の孔明の活躍は全部やらせです。劉備軍は曹操追撃に参加した後、周瑜が落とした江陵を占有し巴蜀を侵略。その後、人材の少なさも祟って、守将の関羽を失う羽目となりました。
長江の岸に赤壁と書かれているのが有名。赤壁周瑜像がある。ただし全体像はロボットです。
他に鳳雛庵(ホウ統の引き篭もり隠居小屋)、子敬塘(魯粛池)、拜風台(孔明が踊った場所)がある。
列車でのアクセス
赤壁駅はあってもほとんどの列車が停車しないため、無難に武漢からのバス移動がいいです。
武漢宏基客運站から赤壁市に直達バスで行けます。料金30元(高速道路で90分です)。
襄樊
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
古隆中
徐庶廟
水鏡庄
諸葛亮
徐庶
司馬徽
湖北省
襄樊市
武昌・漢口城際特快
遺跡の概要
後漢時代は劉表の荊州支配地域の拠点で、漢江を挟んで襄陽城と樊城に分かれていた。劉表の息子が曹操に降伏後、赤壁の戦いを経て、魏国の対南前線基地となる。後漢終焉真近、蜀(荊州)の関羽が樊城を攻めるも、守将の曹仁と満寵の踏ん張りで陥落を免れた。

古隆中は孔明が10年間引き篭もり暮らしを行なっていたところです。彼の不運は全知全能のために人を生かすことが出来ず、彼を越える勢力が現れると全く太刀打ちできないことでした。
襄樊駅前より直接行くバスが出ています。

徐庶廟は孔明の友人である徐庶を祭る廟。母親が曹操軍に捕らえられたため、やむなく曹操に降るが、孔明よりもマシな暮らしを送ったと思えます。
襄樊市から南ショウ行きのバスに乗ります。バスターミナルの近く。

水鏡庄は司馬徽の裏名前で彼が住んでいた場所だが、『三国志演義』のせいで、劉備や趙雲よりも若い司馬徽はジジイ呼ばわりされることとなりました。
南ショウのはずれの方。玉渓山の麓。バスターミナルから3,4キロくらい。
列車でのアクセス
北京西駅より、重慶行きのT9次(16:25→5:10)、宜昌行きのK49次(14:30→6:51)、十堰行きのK279次(17:00→10:55)が早朝、午前に襄樊駅に着く。武漢市からだと城際特快がいいです。
宜昌・当陽・新野・南陽・荊州からならバスの移動がいいです。
ただし、襄樊駅は途中駅にあたるため、帰りは無座の可能性もあるので、武漢まで城際特快かバスで戻ったほうがいいです。
当陽
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
長坂坡
当陽趙雲像
太子橋
張翼徳横矛処
玉泉寺
関陵
周倉墓
趙雲
張飛
関羽
劉禅
湖北省
当陽県
襄樊→湛江行き1473次
襄樊→広州東行き2115次

襄樊・荊州・宜昌
からバス移動
遺跡の概要
長坂坡は劉備軍が兵の家族を人質に取り、難民を追い立てて江陵に逃げる途中、曹操軍に追いつかれ、難民を棄てて逃げた場所。
当陽趙雲像は親に棄てられた劉備の子:阿斗を守るため、活躍した趙雲の像。
太子橋は趙雲が阿斗を抱いて曹操軍を駆け抜けたところ。街の中心にある。
張翼徳横矛処は張飛が曹操軍相手に単騎で睨みを聞かせ、軍を撤退させた場所。市中心から北東約5キロ。
玉泉寺は関羽が首を刎ねられ死んだ際、ここで成仏した場所。当陽郊外20キロほど。
関陵は関羽の胴塚。場所は当陽県郊外古ショウ郷。首塚(関林)の方は洛陽にある。
周倉墓は関羽の舎弟:周倉。物語創作人物だが墓があるのは奇妙。場所は当陽県郊外東南約15キロ。
列車でのアクセス
線路と駅はあるが、旅客列車の本数が極めて少ないため、宜昌襄樊荊州からバス移動の方がいいです。
襄樊長途汽車客運から宜昌行きの高級バスが途中で当陽に停車する。40分に1本の間隔で発車しています。
武漢なら武昌付家坡客運汽車站から1時間に1本間隔で当陽行きのバスが発車しています。

どうしてもと言うなら、襄樊から湛江行き1473次(9:15→当陽11:47)か、広州東行き2115次(13:10→当陽15:37)があるが、非空調車輌のうえ、硬座しか乗れない。2時間半。
荊州
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
荊州関帝廟
荊州三国公園
荊州博物館
関公刮骨療毒処
関羽点将台
関羽 湖北省
荊州市
なし
武漢・襄樊・宜昌からバス移動
遺跡の概要
荊州市は後漢時代は軍物資が置かれた場所で、劉備が掠め取りに行くところ曹操軍の追撃に遭い、大敗した。赤壁戦い後、曹仁が守将として1年余りにわたり周瑜率いる呉軍と戦い惜しくも敗れた。
周瑜死後、劉備が蜀を侵略するための足場となり、関羽を荊州の守将として置く。曹操が漢中を攻める直前、呉の司令官:呂蒙とあわや開戦となるが劉備の荊州三郡返却により和睦がなる。219年、関羽は樊城を攻め、救援の于禁軍を破るが捕虜の食事問題で、呉の食糧基地を襲ったことが呉軍の襲来を招き、219年暮死んだ。

関羽関連の遺跡がある。関公刮骨療毒処は荊州中心医院内(荊中路72号)と何と病院。
列車でのアクセス
線路はあるが、旅客列車は走っていないため、バス移動になります。
武漢なら漢陽客運汽車站襄樊なら襄樊長途汽車客運(江陵か沙市で下車)、宜昌なら宜昌長途汽車客運からバスが出ています。
宜昌
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
オウ亭古戦場
張飛擂鼓台
劉備・陸遜
張飛
湖北省
宜昌市
K49次(北京西駅発)
K253次(上海発)
武漢城際特快
2116次(広州東発)
遺跡の概要
オウ亭古戦場
蜀皇帝にまで僭称した劉備が関羽の復讐のためここまで攻めて来たが、所詮仇討ちだけでは敵を倒すことが出来ず、中原には無名だった陸遜の火計に破れ多くの家臣を失い、蜀滅亡の遠因を作った場所です。
宜昌から東方面へ出ている長距離バスに乗ります。30分から一時間ほどで道の右手に見えます。

張飛擂鼓台
張飛が宜都の太守であった時に、兵士の訓練をする為に台を作って太鼓をたたいたとされる場所です。長江沿いにある三遊洞という名勝の中にある。太鼓をたたく張飛の像があります。
市内バスが通っています。宜昌駅付近から出ている10路バスで『三遊洞』下車します。
列車でのアクセス
北京西駅からはK49次が出ている(14:30-10:35)。硬座175元、硬臥319元、軟臥486元。
上海駅からはK253次が出ている(15:39-20:19)。硬座208元、硬臥379元、軟臥584元。
広州東駅からは2116次が出ている(13:15-10:01)。硬座81元、硬臥153元、軟臥244元。
武漢からは城際特快が出ています。

襄樊なら襄樊長途汽車客運から宜昌行きの高級バスが40分に1本の間隔で発車しています。60元。
陽新
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
甘寧公園
甘寧墓
甘寧寺
甘寧 湖北省
陽新県
無し、バス移動
九江からバス移動
遺跡の概要
甘寧は呉軍の猛将で、魏の張遼と並び称されている。元々は重慶の万州(巴郡)出身の錦汎賊だけど、劉表→黄祖→孫権と転職して大成しています。
正史の最期はわからないが、『三国志演義』では夷陵の戦いで矢を頭に突き刺したまま、武昌と九江のあいだにある陽新富池まで逃げて死んだことになっています。
死に際に際し、周りには数十羽の烏が飛んでいたという伝説があるからその生涯はインパクトだらけ。ということでこの地では英雄扱いされており、専用の墓や像が建てられています。

甘寧公園:甘寧テーマパーク。園内には甘寧墓、甘寧像、甘寧寺、甘泉などみどころが盛りだくさんあるみたいです。
甘寧墓:甘寧の衣冠塚。
甘寧寺:甘寧を御神体と崇めるお寺。
列車でのアクセス
バス移動の方がいいです。武漢→黄石→陽新→富池。
もしくは 九江から陽新までバス移動。

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湖南省
岳陽
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
魯粛点将台
魯粛墓
小喬墓
魯粛
小喬
湖南省
岳陽市
漢口駅、武昌駅共に快速以下の列車なら停車する。広州・深センからもN快速が多く停車する。
遺跡の概要
魯粛点将台は周瑜の後を継いだ魯粛が荊州を一向に還そうとしない蜀に対して有事に備え兵を訓練したところ。
魯粛墓は武漢や鎮江にもあるがここにもある。岳陽楼から東方面に約1キロの所にある。
小喬墓は周瑜の奥さんである小喬の墓。岳陽楼にある。
列車でのアクセス
漢口駅、武昌駅共に長沙行きN快速列車、普快列車は停車する。長沙からも列車出ています。
武昌駅、長沙駅共にT101/2次がお勧めです。大体2時間。
広州駅はN720次(17:28-5:30)、N724次(22:46-8:53)、深セン駅はN722次(20:40-10:02)。


江西省
九江
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
煙水亭
浪井
孫策
孫権
周瑜
江西省
九江市
北京西からT107次、T167次
広州からK85次
武昌からバスです
南昌からN602次

武漢・南昌からバス
遺跡の概要
煙水亭は周瑜の点将台があったと言われる場所です。甘棠湖に浮かぶ亭の中には金色に輝く周瑜像があります。周瑜関連以外にも孫権の兄、孫策の墓や程普墓や柴桑城など、周辺遺跡の貴重な資料を閲覧できます。
1路バス「煙水亭」下車してください。

浪井は別の名前を「灌嬰井」、「瑞井」と言う。孫権が柴桑に駐屯した時に掘りかえした井戸です。
九江フェリー乗り場から徒歩10分以内です。
列車でのアクセス
北京西からT107次(20:30-8:26)T167次(18:07-6:06)。広州からK85次(19:08-10:08)。
南昌からN602次(8:05-9:27)。武漢からはバスです。

南昌からのバスの本数は多いです。


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陝西省
蔡家坡
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
五丈原古戦場 諸葛亮
司馬懿
陝西省
岐山県
まず西安方面や成都方面から宝鶏市まで出てから鈍行かバスで蔡家坡まで行き、高店方面・陝汽場行きのバスに乗り換える。
遺跡の概要
五丈原古戦場は6度にわたる孔明の北伐の総決算の場であった。しかし魏と比べて国力、兵力に圧倒的に差を付けられているのは紛れもない事実と言うことも忘れてはいけない。
先代:曹操の頃からコツコツと蓄えた魏の屯田制と、劉備御一行様の入蜀後、略奪と恩賞により枯れた国庫を何とかしようと、お金の価値を10倍に増やして喜んでいる時点で既に国力の差はあった。これでは孔明の智謀100を持ってして、南蛮を襲い異民族の漢族化や物資の徴収、また漢中の屯田で蕪を作っても焼け石に水というものである。
それに魏の都督:司馬懿は無駄な戦いを避けるという目的で、既に持久戦を決め込んでいた。陣中、孔明と司馬懿の間で手紙のやり取りもされたようだが、いたずらに時間を消耗させるだけであった。
これで勝負はあった。全知全能ゆえ蜀軍全ての任務を背負い、過労で死んだ孔明は死後歴史に名を残した。司馬懿は蜀軍への大勝は却って自らの危機を招くという機知から蜀軍の撤退中、わざと負けた。

五丈原上に諸葛廟がある。この諸葛亮廟は元代に建てられた。廟内には諸葛亮衣冠塚や落星石、奥さんの黄月英殿など他では見ることができない見所が多い。裏手の丘が五丈原。廟内は広く、蜀の名将たちの像がある。
列車でのアクセス
蔡家坡の場所は宝鶏市から東に大体40キロのところにある。ただし、蔡家坡自体は列車がほとんど停車しないので一旦宝鶏まで出てから蔡家坡→五丈原観光→西安と言うルートがいい。
西安から列車だと普快クラスが蔡家坡に停車する。西安始発N387次(9:30-10:29)を筆頭に約20本の列車が片道「蔡家坡站」に停車するが、約18本は西安から途中乗車だということを忘れていはいけません。

北京西駅始発から西安駅までのベストな列車はZ19次がいいと思います。
上海駅発→西安駅ならT136次(16:19-8:39)、鄭州駅発→西安駅なら2097次(9:41-17:04)がお勧めです。
成都から蔡家坡までなら2120次(14:25-6:38)、蘭州・天水なら途中乗車になります。
蔡家坡站南から、高店方面・陝汽場行きのバスに乗り換えます。蔡家坡→五丈原(バス約30分)。
勉県
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
武侯墓
勉県武侯祠
定軍山
馬超墓
漢中王設壇処
夏侯淵
諸葛亮
馬超
陝西省
勉県
一旦、漢中駅まで出てからバスで勉県ターミナル行く形になる。勉県駅は列車は1日に1本しか停車しない。

北京西(K261次:9:24-10:56)
武昌(4754次:23:59-16:58)

西安(N355次:20:05-6:51)
(4778次:12:56-20:59)
遺跡の概要
武侯墓は孔明の墓。勉県バスターミナルから南へ。約5km進みます。

勉県武侯祠は中国最古の武侯祠。勉県バスターミナルから少し北へ出て幹線道路を西へ。途中馬超墓があるがさらに先です。

定軍山は魏の漢中の王たる夏侯淵が蜀軍と戦って戦死したところです。勉県バスターミナルから武侯墓への途中に分かれ道があり、”定軍山”となっている方に進む。進行方向左側の山が定軍山です。

馬超墓は後漢の反逆児、馬超の墓。同じ園内に馬超祠、馬超墓碑があり、100m程に諸葛武侯墓碑があります。バスターミナルから幹線道路へ出て西へ。武侯祠よりも手前。標識があります。

漢中王設壇処は219年に漢中攻防戦で曹操を撤退させた劉備が王を称した場所ですy。勉県バスターミナルから、街道に沿って漢中方面(東)に約3〜4km程戻ります。ガソリンスタンドの手前の細道を南下すると辿り着けます。
列車でのアクセス
歴史上では有名な漢中ですが、後漢から三国にかけての遺跡は漢中駅付近ではなく、勉県に存在します。勉県駅は1日に列車が往復1本ずつしか停車しないので、漢中まで出てからバスで勉県バスターミナルまで移動した方がいいです。とりあえず周りは全て山と覚悟してください。

 漢中へは北京西(K261次:9:24-10:56)、武昌(4754次:23:59-16:58)、西安(N355次:20:05-6:51か4778次:12:56-20:59)からの列車が出ているが所要時間は結構かかる。ある程度時間に余裕を持たせた行動の方がいい。 西安からのバス移動は路面が悪いし、山岳地帯なので全くお勧めできない。行きは良い良い帰りは怖いです。


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甘粛省
天水
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
諸葛軍塁
姜維故里
祁山武侯祠
甘谷姜維墓
街亭古戦場
諸葛亮
姜維
馬謖
甘粛省
天水市
西安・宝鶏発なし
(全部途中乗車)

蘭州発T660次
遺跡の概要
諸葛軍塁・・・諸葛亮が第四次北伐時に司馬懿軍と対峙した場所。岷山路と羅峪河が交わる辺りに昔の諸葛軍塁はありました。孔明像は南東約1km。藉河にかかる橋を渡ってすぐのところにあります。

祁山武侯祠・・・孔明の北伐の拠点で、魏軍と対峙した場所。天水⇔礼県のバスがすぐそばを通ります。

姜維故里・・・姜維の出身地で甘谷と言う地名。天水駅から甘谷まで列車で約1時間ほどだが、途中乗車=無座の覚悟は必要です。天水駅からだと午前8時〜9時台発が多いです。

甘谷姜維墓・・・姜維の子孫が建てた衣冠塚を1988年に姜維墓として再建した。姜維故里裏手の山にあります。

街亭古戦場・・・武将としての円熟期を迎えつつある魏の将軍:張コウが、才を持って鳴らした孔明の愛弟子:馬謖の敷いた陣に対し攻撃を仕掛けて徹底的に破り、孔明の北伐悲願を挫折させた場所。馬謖の最期は軍令違反で孔明に処刑されたとか脱走の罪で殺されたとか色々な説があります。
天水から秦安経由張家川行きのバスが街亭を通過します。
列車でのアクセス
西安・宝鶏発、天水に停車する列車はいっぱいありますが、決め手にかけます。西安から天水途中停車の始発は全て夜行で天水に着く時間が夜中になってしまうからです。 だから約4時間硬座で耐え抜くつもりで午前・お昼とかの途中乗車の方がいいです。

蘭州からだと辛うじて06年1月17日よりT659/660次が蘭州ー天水を往復しているので(9:28→13:58)これに乗ればいいです。

天水からの脱出は完璧途中乗車。覚悟を決めて抜けてで欲しいです。この区間を通過する全ての列車が停車するのが救いです。

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四川省
広元
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
葭萌関
明月峡蜀古桟道
蜀武将 四川省
広元市
昭化古城
お勧めの列車は成都からN862次(8:20-14:10)。
帰りは素直に成都まで高速バスか移動をする。
途中乗車を覚悟した方がいい。
重慶市からもバスが出ている。
遺跡の概要
葭萌関は劉備が蜀侵略の拠点としていたところ。五斗米道の張魯のところにいた馬超が攻めてきて降伏したのはこの場所。現在は昭化古城の城門とてシンボルになっている。昭化古城は広元と剣門関の中間に位置する宝輪より南東に約15km。交通の便は良くない。
他には費イ墓(昭化古城西門を出て約50m)や張飛と馬超が一騎打ちで夜戦まで行なった戦勝[土覇](費イ墓より大体2キロ先)がある。

明月峡蜀古桟道
有名な「蜀の桟道」。孔明が北伐の際に利用して軍の移動や補給物資を運んだ。現在修復されたものだが、その景観は今も昔も変わらない。広元駅の南にある橋を渡ってすぐのバス停から朝天行きのバスに乗り途中下車。

遺跡とは関係ないが、北から列車で来ると途中川沿いに沿って険しいトンネルやカーブを通過する。対岸にある自動車道路は山肌を刳り貫いて造ったトンネルがチラチラ見える。沿線は民家らしき建物は見えず、ひたすらカーブの続く崖に沿って列車は走っているのが分かる。そのため線路は単線でスピードも遅くなる。広元を抜けて始めて線路は複線になり、秦嶺山脈以降ずっと続いた峻険な蜀の桟道地帯から脱出できたと実感しました。
列車でのアクセス
成都から広元行きのN862次(8:20-14:10)以外は全くの途中乗車。硬座28元、硬臥65元。
一応高速バスも出ており、成都昭覚寺車站(成都動物園の隣)に到着する。
重慶市からもバスが出ている。

ただ絶対、春節(旧正月)の前後合わせて40日以内にはここに来ないほうがいい。進退窮まること間違いなし。諸君の健闘を祈る。
梓潼
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
七曲山関帝廟
翠雲廊
関羽 四川省
梓潼市
鉄道は走っていないので、成都か綿陽からバス移動。
遺跡の概要
七曲山関帝廟は四川では有名な関帝廟。御神体は何と黄金像。晋の文昌と一緒に祀られている。
梓潼の市街地から1路のバスで終点下車。

翠雲廊は梓潼・七曲山から剣閣、ロウ中に至るまでの道を「翠雲廊」と言う。現在の川陝公路と古蜀道の両側に、張飛が柏を植えたと言われている。
列車でのアクセス
梓潼は鉄道が走っていないので成都か綿陽からバス移動になる。
綿陽
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
蒋エン像
富楽山風景区
蒋エン 四川省
綿陽市
お勧めの列車は成都からN862次(8:20-10:21)。
帰りは素直に成都までバス移動なりお好きな方を。
列車は途中乗車を覚悟した方がいい。
遺跡の概要
蒋エン像・・・蒋エンは孔明亡き後の正式な後継者。『演義』だと好戦派の姜維の隠れているが、実質は彼が政権を握っていた。漢中から漢水を利用して魏の荊州に攻め込む策を講じていたが、準備中に惜しくも死去。蒋エンの後は費イが継いだ。
綿陽では有名な観光名所「子雲亭」と同じ敷地内にある。同じ敷地内には蒋エン墓、営盤嘴がある。この地はかつて蒋エン、姜維、諸葛瞻が駐屯した場所。
蒋エンは死の直前に漢中から交通・軍事の要所である綿陽に引き返し駐留していた。漢中から漢水を下って荊州の魏に攻め込む計画を立てていただけに非常に残念である。孔明の子、諸葛瞻も魏のケ艾を綿竹で迎え撃つ前にこの地で駐屯している。

富楽山風景区の元々の由来は曹操の関中侵攻によりビビッた当時の益州の牧、劉璋は荊州の劉備を助っ人として招きいれ、連日宴会を開いたところ。その際に蜀盗りの野心を偽善と言うオブラートで包み込む劉備が思わず四川の地を、「楽しきこと限りなし」と嘆じたことから『富楽山』と名付けられた。中は蜀関連のテーマパークと化している。
富楽堂は富楽山風景区のメインとなる建物。人形を使って『三国志演義』の内容を紹介している。
フ城会館は劉備と劉璋が宴会を開いた場所。
五虎将像は実は一度も集合したことのない、劉備軍きっての猛将たちのいでたち。
劉ホウ像は劉備と蜀盗りの参謀として使えていたホウ統の像。
富楽山三兄弟像は劉備、関羽、張飛の像。
漢平陽府君闕は孔明の臨終の際、後継者を孔明から直接伝えられた李福の墓。
綿陽駅からは3路のバスですぐ近くまで行ける。
列車でのアクセス
成都から広元行きのN862次(8:20-10:21)で行く方法が最もいい。一応ここを通る列車は全部停車する。
また成都や重慶市からもバスも出ている。

帰りは100%途中乗車になるので、時間の無い方以外はバスで成都まで戻ってからの方がいい。
徳陽
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
ホウ統祠(落鳳坡) ホウ徳 四川省
徳陽市
成都から鉄道かバス移動、どちらでもどうぞ。
遺跡の概要
ホウ統祠(落鳳坡)は孔明と並び称されたホウ統。彼のあだ名は鳳趨。蜀侵略を目指す劉備に付き従い、様々な策を行なう。残念ながら伏兵の攻撃に遭いこの地で果てました。ホウ統の墓があります。
アクセスは徳陽からタクシー移動だが、道は良くないです。行った方々の旅行記を見ると、聞き込みをしながら行ったというので結構しんどいです。
列車でのアクセス
成都から列車も停車するしバスも走っている。距離は60キロ。
南充
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
王平墓
ショウ周墓
王平
ショウ周
四川省
南充市
成都から南充行き5648次(7:50-11:44)

重慶市からもバスが出ている。
遺跡の概要
王平墓は文盲ながら独学で大成した名武将、王平の墓。墓は2箇所あり、1つは白塔公園でもう1つは永安にあります。
白塔公園は南充市内中心から東に延びる嘉陵江大橋を渡ってすぐ。南充駅から直通バスがあります。

ショウ周墓は正史『三国志』の著者、陳寿の師匠であるショウ周の墓、この南充は彼の出身地。劉禅が降伏を決意したのはショウ周の降伏論があってのこと。おかげで戦火は免れたものの、ショウ周の人気は無いです。
墓は市内の文化宮の中にあります。
列車でのアクセス
成都から南充・達州行きの列車は多く出ており、移動には困らない。朝出発なら南充行き5648次(7:50-11:44)。
重慶市からも重慶長距離汽車站新站からバスが出ている。
成都武侯祠の趙雲像成都武侯祠入り口の関羽広告
成都
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
武侯祠 劉備
諸葛亮
四川省
成都市
北京西発T7次(16:35-17:12、25時間)
上海発K290次(9:21-20:35、35時間)
西安発K5次(13:19-6:01、16.5時間)
武昌発T246次(17:26-10:01、17時間)
重慶発N886次(8:00-13:00、5時間)
昆明発K114次(12:38-6:58、18時間)
広州発K192次(15:56-8:40、41時間)
遺跡の概要
武侯祠・・・元々は劉備の墓でしたが、孔明人気で孔明を祀るようになりました。武侯祠付近は蜀の成都城がありました。孔明の殿に続く廊下の左右には文官、武官の塑像が並んでいます。ただし劉禅の塑像は何度も壊されたため今は置いていません。他に劉備の墓である恵陵やここ数年、孔明像の裏手に新たに劉備、関羽、張飛を祀る廟が出来ました。お土産屋の三国志関連の品揃えは多分中国一だと思います。
成都に行く観光客は皆この地を訪れています。そのため閉館間際でも大型バスの出入りが絶えません。
入場料金は30元。1路のバスで行く方法が有名です。
列車でのアクセス
成都は西域を除けば列車で行ける範囲では一番内陸部に当たります。と言うのも北から見れば昆明の方がずっと遠いですが、南の広州から見れば昆明は25時間で着きます。しかし成都行きになると40時間以上もかかってしまいます。
ということで、この地に列車で行くには距離にもよる30時間近くかかることを想定してください。また成都は始発ですが、本数が少ないうえ、寝台などはダフ屋と旅行会社によって押さえられてしまうので、帰りは飛行機で帰った方がいいかもしれません。この地域、切符はプレミアムチケットと化しています。列車希望なら必ず旅行会社を通してください。

重慶から成都まではN8XX次の城際列車が最近開通し、1日3本、5時間未満で到着します。発車時間は8時台、13時台、15時台です。
また重慶各地の長距離バスターミナルから成都行きのバスが多く発車していますが、お勧めは陳家坪長途汽車站から豪華高速バスが走っています。100元、107元。20〜30分に1本。
成都(成都五桂橋長途汽車站)重慶行きも高速バス。
成都武侯祠:劉備像  成都武侯祠:諸葛亮像
成都武侯祠:関羽像  成都武侯祠:張飛像
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重慶市
万州
遺跡名
(名称)
関連武将 場所 列車乗車
(お勧め鉄道)
万州甘寧像 甘寧 重慶市
万州龍宝区
甘寧郷
成都から5628次(22:58-8:09)
硬座68元、硬臥151元、軟臥223元

重慶市からもバスが出ています
遺跡の概要
万州甘寧像 ・・・呉の武将である甘寧は元々益州巴郡の出身で若い頃は水賊家業を行なっていました。その後、荊州の劉表、黄祖と転々とし、最後に孫権の配下になりました。ということで甘寧の功績を称えるために像が造られました。
場所は、万州近距離バスターミナルから青龍瀑布・甘寧郷行きのバスで到着。中国でも有名な青龍瀑布の敷地内にあります。
列車でのアクセス
万州は山岳地帯に囲まれているために行くだけで大変です。しかも列車は成都から2本しか出ていないという厳しい事情があります。
成都→万州:5628/9次(22:58-8:09)、5642/3次(12:30-21:26)
万州→成都:5627/30次(20:46-6:38)、5641/4次(7:01-16:17)

重慶市からはバスが出ています。

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