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鉄の屑作戦 T71次乗車記 6.14(火)

朝5:30起床。

 日本にいた頃はずっと畳の上で寝ていたので中国に来たころは慣れないベットになかなか寝付けずにいたが、今年に入ってなじんでしまいぐっすり眠れる日が多くなり、自然に早起きが出来なくなっていた。
だから旅行当日に起きるときは気合が入る。

 6:15出発。そういえばあわてて大学を出たから朝食を食べていない。昨日のうち食料品は買っておいたので心配は無いが、水をもっと多めに買っておけば良かったとおもう。
バスで師範大学から2つ目の停留所で降りて、近くの地下鉄站『徳勝門』から地下鉄に乗車して約20分で北京駅に着く。地下鉄出口を出ると、刺される感じの太陽の光が既に登っており、いそいそと北京駅舎の日陰に入った。北京の位置は経度だと東北の盛岡辺りに位地するから涼しいとイメージを抱く人もいるがとんでもない!
 中国は大陸性気候だから夏はサウナ、冬は冷凍庫と極端で極端な現地人性格をイメージさせる。今回の旅行の荷物は予約したホテルではネットが繋がるからノートパソコンと熱いからと着替えの下着を多めに持っていったため、かなり重い。しかも食料に1.5リットルの水2本もあるからタクシー使えば良かったと後悔した。

 駅舎に入り荷物検査を終えて乗車する列車の候車室に向かう。乗車するT71次は硬臥切符なので軟席候車室は使えず、一般の候車室で待つ事になる。ちなみに今回は2階の第一候車室。入場ゲートが空くまで立って待っていたが、途中変な奴等が現れ始める。なんでも並ばずに列車に乗車できる方法を教えるというが、どっちみちお前らはもぐり業者なんだろ?結局駅員に賄賂を渡して乗客を荷物搬入口から導くだけだろ?どうしてお前らはいつまでも華畜でまともな人民になろうとはしないんだよ?纏わりつく煩い奴等を無視して待っていると今度はもぐりの新聞屋が来るがこれも市価の倍なので買わない。
 中国鉄道の駅では物価は同じ国有企業のくせに場所代が入っているかいないからか知らんがとにかく高いので食料品は是非『あらかじめ買っておくほうがいい』、しかも販売従業員の態度は人間を辞めた感じなので、はじめから不愉快な思いをするなら、『駅の売店は利用するな』と頭に叩き込んでおいた方がいい。

 7:50、T71次のゲートが開かれるが、相変わらず人民は並ばない。自分達で『私は非文明人です』と看板を首からぶら下げているように見える。ただし自分の前には絶対に割り込みはさせなかったが。

T71/2次のサボSS9機関車

 今回乗車するT71次は北京ーハルピンを結ぶ特快で、1998年・第二次提速の時に新設された列車である。当時は快速扱いでK71/2次と昔から走っていたK17/8次の前座を務める感じで現在のハルピン東駅まで走っていた。1999年の時刻表を見ると夕方17時に発車して翌朝7時に到着する(14時間)、『夕発朝着列車』の列車となっていた。2000年4月の時刻表ではT17/8次、T71/2次ともに特快扱いになり、特にT17/8次は花形列車として脚光を浴び、2003年3月にはRW19Kの高級軟臥を連結するまでにいたった。
 ところが2004年の第五次提速、4・18にZ直達列車(Z15/6次)が登場するとT71次は朝北京を発車して夜ハルピンに到着する『朝発晩着』の特快になった。T17/8次も軟臥と高級軟臥が取り外され、ただの元花形という印象しか残らなくなった。 しかも、T17/8次とT71/2次は車両を共有するようになった。
 サボを見ると細かいけれど『T17/8次・T71/2次』とはっきり書かれている。

時刻表を見ると、

T18次

T71次

T72次

T17次
19:21 哈爾濱発
8:30 北京発
7:30 哈爾濱発
21:15 北京発
翌日6:21 北京着
当日20:14 哈爾濱着
当日19:13 北京着
翌日8:35 哈爾濱着

と車両を効率よく酷使しているため車両の寿命も縮みそうだ。ちなみに現在は11時間44分で到着する。随分速くなったものだ。ちなみに車両の使い回しに気付いたのは乗車する際、ベッドメイク専用の方たちがまだ車両内で一生懸命に作業をしているのを見て「おや?」と思ったのがきっかけだった。

 ちなみに現在の編成は硬座と硬臥だけ。従来なら18両だが、硬臥と硬座それぞれ1両臨時に連結されていて20両だった。昔あった軟臥や高級軟臥(T17/8次)は残念ながら連結されていない。連結すればそれなりの需要は見込めるとおもうんだけど・・・。牽引する機関車はZ直達でも使われているSS9後期型。先頭車両に行くと朝光を浴びる紅い色はとてもまぶしかった。隣のホームには上海から来たZ14次が停まっておりこれから回送というところだが、ホームから知らない人たちが乗り込んで行った。家が車両基地の近くにあるのだろうか?
回送する列車は一度だけ乗車した事あるが、なんか楽しかった思い出があった。

 自分は8号車に乗車した。隣が食堂車、最近隣が食堂車によくあたる。高級軟臥や軟臥の単体なら必ず食堂車の隣だが、最近オール軟臥や硬臥+硬座編成の列車も増えてきているため、軟臥といっても油断は出来ない。番号順に販売していくから切符を早く買ってしまうと端の車両だったという悲劇もあるので注意しないといけない。
硬臥だから3段ベット。自分は何を血迷ったのか上段を買ってしまった(多分気楽に昼寝が出来るという理由かも)。乗車後圧倒的な上下空間の狭さに後悔したのは言うまでもない。

 列車は蛍の光の発車ベルを受けながら朝の北京駅を出発した。ホーム上でT18次乗務員の方たちが整列で列車を見送っていた。こんなシーンは中々目にすることが出来ない。服務員は男性でどちらかというと好青年風。動きから見てやる気の無い服務員とは違い、一生懸命働くタイプのようだ。自分の周りの乗客は子連れが多く、もう飽きたのかぎゃあぎゃあうるさい。

T71次を見送るT18次服務員YW25K硬臥

 T71次は北京ー秦皇島ー瀋陽北ー長春ーハルピンのルートで向かうが、北京ー秦皇島間は京秦線、秦皇島ー瀋陽北間は秦瀋旅客専用線を経由する。だから北京出発後音を立てながら東便門橋のカーブは曲がらない。東北方面に行く特快や直達列車の大半は天津は経由しないのである。またこの区間の列車は夕発朝着が多く、沿線風景が見れなくなりつつある状況の中、昼間走る長距離特快T71次は貴重な存在である。同じ環境の長距離特快は北京西ー武昌間のT79/80次がある。距離と時間はそんなに変わらないので、こちらも機会があれば乗車してみたい列車である。
 列車は車両基地を通過し、三環路をくぐると政府幹部専用客車『緑皮車RW25T』の車群を見ることが出来た。最近幾つもの列車に連結されている事が多い。また夏になると北戴河行き臨時に連結される事もある。前に停まっていた際、デッキまで立ったことはあるが残念ながら内部を拝む事はできなかった。

 北京東を通過すると、ようやく貨物駅が見えてきた。本数は無かったが2段積みコンテナの車両の姿が中国物流の圧倒さを感じた。通州県に入るといよいよ郊外に出た感じで緑が多くなってくる。京秦線は先ほど述べたとおり昼間の列車が極端に少ないからすれ違う列車は8割が貨物。たまに豊潤ー秦皇島間の短い編成の普客(YZ22が4両)を見たりもする。北京付近じゃ俗に言う旧車”緑皮車”はだいぶ数が減ってきており、北京郊外に出ないと緑皮車の列車は中々お目にかかれない。京秦線沿線はゴミが少ない。京広線や京滬線だと食い物のカスやビニール類などゴミの山が散乱している場所もあるが、ほとんどの列車が夜中通過と車両自体が開閉の無い窓を採用しているため窓からのポイ捨てが出来ないのだろうと思われる。

 10:28、迂安通過後、列車はベッドに括り付けられているTVの放送を始めた。音楽番組が多かった。ただ硬臥の上段だと見れません・・・。列車の走行中の服務員のお仕事は切符と換車票の交換、車両のお掃除・ゴミ集め、だがこの列車は空いた時間になると必ず服務員が掃除をしに来る。掃除の時間はある程度時間は決まっているのだろうが、他の列車と比べてもこまめに動いているのはハッキリわかる。この列車も元花形列車だけあって服務員の態度に期待が持てる。最もこの車両だと子供達が3段ベットで遊んでいるため注意する服務員も大変そうだが。

 11:30に第一の停車駅である秦皇島に到着するが、その前に大同(山西省)から東北方面に採掘された石炭を運ぶ貨物専用線『大秦線』と併走し、永久連結のSS4機関車重連に連結された貨物列車とすれ違う事があるがとにかく長い。このT71次列車(500メートル)の3倍強は有るんじゃないかと感じた。しかも5分おきにすれ違うから石炭の需要は生活に無くてはならないものであると感じさせる。秦皇島の由来は始皇帝が不老長寿の薬を求めてここまでやってきたと言う伝説から付いた名前だが、現在は港町として栄えている。

 秦皇島からでも硬臥には乗客が乗り込んでくる。T71次は途中駅からでも寝台切符は買えるのか。秦皇島出発後港へ行く線路か、錯綜する貨物線を通過し山海関を通過する。山海関は万里の長城の一番東側に位置する。残念ながら列車内からでは長城は見ることが出来ない。ここから遼寧省に入り、北京鉄道局から瀋陽鉄道局の管轄下に入る。
 

秦皇島駅に停まっている普客貨物専用機関車

 山海関通過後いよいよ秦瀋旅客専用線に入る。秦瀋旅客専用線は過密過ぎる京哈線のダイヤ運行を緩和させようと2003年7月に造られた旅客列車専用線で秦皇島ー瀋陽北間345キロを結ぶ。始めから高速列車運行目的で設計されているため当然電化されており、従来の京哈線の列車内部から見ると線路構造が新幹線ぽく見えるようだ。ちなみに旅客専用線が開通するまでは北京発東北行きの特快列車はDF11の重連が牽引していた。
 旅客専用線を1日通過する列車の本数は上下合わせて36本で当然Z列車も通過する。ほとんどが夜のため昼間だと滅多に他の列車とすれ違う機会がない。いや北京行きのT72次だけどこかですれ違っただけだけど。専用線は土手を造ってその上に線路を敷くか、高架を造ってで走らせるかだが線路の周りには人が入って来れないように周りに鉄網柵が隙間もなく張り巡らされている。他の沿線だと所々線路に進入できる場所があるがここは高速専用線だからか別物。侵入したらえらい目に遭いそうな気がします。この旅客専用線、各地で計画があるようで今のところ確実に決まっているのは北京西ー石家庄、武昌ー広州間でこちらは時速200キロで運行できるようになるそうだ。

 旅客専用線に入ってからというもの周りは草原か湿地帯で民家はほとんど見えません。列車の速度は150キロぐら、景色の飛ぶ視覚で速度を上げている感覚が分かる。しかし揺れがまったく無いのは安心だ。時計を見ると13:00近かったので食事を摂る事にした。食道車が隣にあるから移動も楽チンです。ここの食堂はなんと25元で食べ放題(自助餐)です。25元というと日本じゃ400円に満たないがこちらに生活し、物価の空気に慣れてくると大金に感じてしまう。だが20種類近くあるメニューを見ると食べたくなるのは人間の本能か。早速食べる、味は肉料理が塩辛かった事です。最近数は多くないが列車によってはバイキングを実施しており、最近知った情報だとK339/40次も去年から開始したそうだ。

 13:40分頃、盤錦北駅通過後一部の線路が分かれ、本線と合流する。この区間は大連方面に行く線路で、T81次北京ー大連の特快はここで進路を変えるみたいだ。この車両の従業員は子供相手に疲れたようで、通路の椅子で休憩をしていた。

T71/2次のバイキング瀋陽北駅に到着

 今後の予定をノートに書いてたらこの列車長(女性)が興味を持って話しかけてきた。ノートに書き込む姿が記者に見えたらしい。まだ20代の彼女だが、この列車の仕事の熱意は熱く『もし何か不満、不都合な事がありましたらすぐにお知らせください』とまで言って来た。この言葉は相当仕事に自信を持っていないと中々言えるせりふではない。列車長がしっかりしているからこの列車の服務員もしっかりしており、この服務員が誇りに思っている列車に乗車して本当によかったと感じた。

 15:00、ようやく瀋陽北駅に到着。駅舎は改装中なのでホームはデコボコ。東北なんだけど外は暑い。短い停車時間(2分)後列車は発車する。新台子から速度が一気に遅くなる。トラブルか?何らかの工事か?答えは線路工事で片側の線路を工事していたので列車が渋滞になる。それにしても工事に従事している人の数が多く、300〜400人はいるとみた。ちょうど地面に落ちた溶けたアイスに蟻が群がる感じです。列車はスローで工事現場を通過すると、反対側では貨物列車がいくつも軒を連ねその発車を待っていた。この列車は特快だから優先運行扱いされるが、快速以下だとどうしても後回しにされるのが辛い。この時点で30分は遅れている。
 片側の線路を潰しているため、すれ違う列車の大半が貨物列車で旅客列車は見ることが出来なかった。17:10、四平通過中ようやく初期型SS9の牽引する普快を見れた。あと吉林省と黒龍江省に入るだけだ。
 
 長春には18:10頃到着予定だが、昼間熱かったせいか雷雲が発生しており風景が野原、林、雷雲と3色真っ黒で、所々雲の中から光が見え、滝のような雨が降ってきた。長春に着く頃は土砂降りで視界が悪かった。この時点で遅れはいくらか回復し17分になった。もう夜も近いので景色も夕方から闇に包まれ始める。西側を見ると真っ赤に沈みかかった夕日が見える。
 
 長春には18:27に到着、すぐ発車となった。放送ではハルピン着は20:14と言っているが、テープの声なので当てにはできない。長春発車後眠くなったのでベットに上る。別に空いている時間はベットに上っていたのでだいぶ慣れたが、それでもやはり窮屈に感じる。硬臥のイメージだと下段は他の人に占拠され雑談の場になるから、それが嫌だから誰も上ってこないなるべく静かな上段を選んだがもくろみは外れたようだ。今回の下段は静かそのもの。失敗した。

 19時過ぎ、服務員が使っていないベットメイキングをはじめた。もうすぐ終点なのか?いや工事していたから遅れは出ているはず。しかし終点が近ければ放送の案内はあるので焦らずじっとおとなしく待っていた。周りはもうすっかり真っ暗で、景色という景色は見れない。
 

土砂降りの長春駅に到着ハルピン駅に到着

 20:30、ついに終点であるハルピン駅に到着した。16分の遅れだった。ハルピンに来るのは約1年ぶりだ。下車時、列車長や服務員に笑顔で見送られた。こんな感じの良かった列車の旅は滅多に無かったからこれで満足です。

 ホームを歩いていると、隣のホームにT262次ハルピンー大連特快に高級軟臥があるのを発見し、証拠の写真を撮り、駅を出た。すぐ切符売り場に行くが4日後のT262次高級軟臥は『没有!!』と『小学生以下の回答』の一点張り。翌日の分を見せろと言ったら12人分余っていたが良く考えたら定員20人のRW19Kの高包は12人用(あとの8人用は軟臥)なのでこれは切符発売制限を行なっているとすぐに分かった。ただ文句を行っても相手は華畜職員だから意見がかみ合わないので、明日またトライすることになった。

 ホテルは経馬ホテルで場所は中央大街付近だったが、迷いたくはないのでタクシーを使った。運ちゃんはすぐ近くだよと言い、あっという間に到着した。8元の初乗り料金で済みました。ホテルにチェックイン後すぐネットに接続。時間がかかったが、接続は完了。あとは溜まったメールと格闘していた・・・。
 そういえばホテル予約の際、ほとんどのホテルが既に満室状態になっていた。なんでも14日から20日まで何らかの会議があるらしい。このホテルを予約した際にもすぐカード引き落としとなり、しかも香港ドルで支払われたから高くついたが、泊まれないよりはましだった。

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鉄の屑作戦 T71次乗車記 6.14(火)

朝5:30起床。

 日本にいた頃はずっと畳の上で寝ていたので中国に来たころは慣れないベットになかなか寝付けずにいたが、今年に入ってなじんでしまいぐっすり眠れる日が多くなり、自然に早起きが出来なくなっていた。
だから旅行当日に起きるときは気合が入る。

 6:15出発。そういえばあわてて大学を出たから朝食を食べていない。昨日のうち食料品は買っておいたので心配は無いが、水をもっと多めに買っておけば良かったとおもう。
バスで師範大学から2つ目の停留所で降りて、近くの地下鉄站『徳勝門』から地下鉄に乗車して約20分で北京駅に着く。地下鉄出口を出ると、刺される感じの太陽の光が既に登っており、いそいそと北京駅舎の日陰に入った。北京の位置は経度だと東北の盛岡辺りに位地するから涼しいとイメージを抱く人もいるがとんでもない!
 中国は大陸性気候だから夏はサウナ、冬は冷凍庫と極端で極端な現地人性格をイメージさせる。今回の旅行の荷物は予約したホテルではネットが繋がるからノートパソコンと熱いからと着替えの下着を多めに持っていったため、かなり重い。しかも食料に1.5リットルの水2本もあるからタクシー使えば良かったと後悔した。

 駅舎に入り荷物検査を終えて乗車する列車の候車室に向かう。乗車するT71次は硬臥切符なので軟席候車室は使えず、一般の候車室で待つ事になる。ちなみに今回は2階の第一候車室。入場ゲートが空くまで立って待っていたが、途中変な奴等が現れ始める。なんでも並ばずに列車に乗車できる方法を教えるというが、どっちみちお前らはもぐり業者なんだろ?結局駅員に賄賂を渡して乗客を荷物搬入口から導くだけだろ?どうしてお前らはいつまでも全漢満席でまともな人民になろうとはしないんだよ?纏わりつく煩い奴等を無視して待っていると今度はもぐりの新聞屋が来るがこれも市価の倍なので買わない。
 中国鉄道の駅では物価は同じ国有企業のくせに場所代が入っているかいないからか知らんがとにかく高いので食料品は是非『あらかじめ買っておくほうがいい』、しかも販売従業員の態度は人間を辞めた感じなので、はじめから不愉快な思いをするなら、『駅の売店は利用するな』と頭に叩き込んでおいた方がいい。

 7:50、T71次のゲートが開かれるが、相変わらず人民は並ばない。自分達で『私は非文明人です』と看板を首からぶら下げているように見える。ただし自分の前には絶対に割り込みはさせなかったが。

T71/2次のサボSS9機関車

 今回乗車するT71次は北京ーハルピンを結ぶ特快で、1998年・第二次提速の時に新設された列車である。当時は快速扱いでK71/2次と昔から走っていたK17/8次の前座を務める感じで現在のハルピン東駅まで走っていた。1999年の時刻表を見ると夕方17時に発車して翌朝7時に到着する(14時間)、『夕発朝着列車』の列車となっていた。2000年4月の時刻表ではT17/8次、T71/2次ともに特快扱いになり、特にT17/8次は花形列車として脚光を浴び、2003年3月にはRW19Kの高級軟臥を連結するまでにいたった。
 ところが2004年の第五次提速、4・18にZ直達列車(Z15/6次)が登場するとT71次は朝北京を発車して夜ハルピンに到着する『朝発晩着』の特快になった。T17/8次も軟臥と高級軟臥が取り外され、ただの元花形という印象しか残らなくなった。 しかも、T17/8次とT71/2次は車両を共有するようになった。
 サボを見ると細かいけれど『T17/8次・T71/2次』とはっきり書かれている。

時刻表を見ると、

T18次

T71次

T72次

T17次
19:21 哈爾濱発
8:30 北京発
7:30 哈爾濱発
21:15 北京発
翌日6:21 北京着
当日20:14 哈爾濱着
当日19:13 北京着
翌日8:35 哈爾濱着

と車両を効率よく酷使しているため車両の寿命も縮みそうだ。ちなみに現在は11時間44分で到着する。随分速くなったものだ。ちなみに車両の使い回しに気付いたのは乗車する際、ベッドメイク専用の方たちがまだ車両内で一生懸命に作業をしているのを見て「おや?」と思ったのがきっかけだった。

 ちなみに現在の編成は硬座と硬臥だけ。従来なら18両だが、硬臥と硬座それぞれ1両臨時に連結されていて20両だった。昔あった軟臥や高級軟臥(T17/8次)は残念ながら連結されていない。連結すればそれなりの需要は見込めるとおもうんだけど・・・。牽引する機関車はZ直達でも使われているSS9後期型。先頭車両に行くと朝光を浴びる紅い色はとてもまぶしかった。隣のホームには上海から来たZ14次が停まっておりこれから回送というところだが、ホームから知らない人たちが乗り込んで行った。家が車両基地の近くにあるのだろうか?
回送する列車は一度だけ乗車した事あるが、なんか楽しかった思い出があった。

 自分は8号車に乗車した。隣が食堂車、最近隣が食堂車によくあたる。高級軟臥や軟臥の単体なら必ず食堂車の隣だが、最近オール軟臥や硬臥+硬座編成の列車も増えてきているため、軟臥といっても油断は出来ない。番号順に販売していくから切符を早く買ってしまうと端の車両だったという悲劇もあるので注意しないといけない。
硬臥だから3段ベット。自分は何を血迷ったのか上段を買ってしまった(多分気楽に昼寝が出来るという理由かも)。乗車後圧倒的な上下空間の狭さに後悔したのは言うまでもない。

 列車は蛍の光の発車ベルを受けながら朝の北京駅を出発した。ホーム上でT18次乗務員の方たちが整列で列車を見送っていた。こんなシーンは中々目にすることが出来ない。服務員は男性でどちらかというと好青年風。動きから見てやる気の無い服務員とは違い、一生懸命働くタイプのようだ。自分の周りの乗客は子連れが多く、もう飽きたのかぎゃあぎゃあうるさい。

T71次を見送るT18次服務員YW25K硬臥

 T71次は北京ー秦皇島ー瀋陽北ー長春ーハルピンのルートで向かうが、北京ー秦皇島間は京秦線、秦皇島ー瀋陽北間は秦瀋旅客専用線を経由する。だから北京出発後音を立てながら東便門橋のカーブは曲がらない。東北方面に行く特快や直達列車の大半は天津は経由しないのである。またこの区間の列車は夕発朝着が多く、沿線風景が見れなくなりつつある状況の中、昼間走る長距離特快T71次は貴重な存在である。同じ環境の長距離特快は北京西ー武昌間のT79/80次がある。距離と時間はそんなに変わらないので、こちらも機会があれば乗車してみたい列車である。
 列車は車両基地を通過し、三環路をくぐると政府幹部専用客車『緑皮車RW25T』の車群を見ることが出来た。最近幾つもの列車に連結されている事が多い。また夏になると北戴河行き臨時に連結される事もある。前に停まっていた際、デッキまで立ったことはあるが残念ながら内部を拝む事はできなかった。

 北京東を通過すると、ようやく貨物駅が見えてきた。本数は無かったが2段積みコンテナの車両の姿が中国物流の圧倒さを感じた。通州県に入るといよいよ郊外に出た感じで緑が多くなってくる。京秦線は先ほど述べたとおり昼間の列車が極端に少ないからすれ違う列車は8割が貨物。たまに豊潤ー秦皇島間の短い編成の普客(YZ22が4両)を見たりもする。北京付近じゃ俗に言う旧車”緑皮車”はだいぶ数が減ってきており、北京郊外に出ないと緑皮車の列車は中々お目にかかれない。京秦線沿線はゴミが少ない。京広線や京滬線だと食い物のカスやビニール類などゴミの山が散乱している場所もあるが、ほとんどの列車が夜中通過と車両自体が開閉の無い窓を採用しているため窓からのポイ捨てが出来ないのだろうと思われる。

 10:28、迂安通過後、列車はベッドに括り付けられているTVの放送を始めた。音楽番組が多かった。ただ硬臥の上段だと見れません・・・。列車の走行中の服務員のお仕事は切符と換車票の交換、車両のお掃除・ゴミ集め、だがこの列車は空いた時間になると必ず服務員が掃除をしに来る。掃除の時間はある程度時間は決まっているのだろうが、他の列車と比べてもこまめに動いているのはハッキリわかる。この列車も元花形列車だけあって服務員の態度に期待が持てる。最もこの車両だと子供達が3段ベットで遊んでいるため注意する服務員も大変そうだが。

 11:30に第一の停車駅である秦皇島に到着するが、その前に大同(山西省)から東北方面に採掘された石炭を運ぶ貨物専用線『大秦線』と併走し、永久連結のSS4機関車重連に連結された貨物列車とすれ違う事があるがとにかく長い。このT71次列車(500メートル)の3倍強は有るんじゃないかと感じた。しかも5分おきにすれ違うから石炭の需要は生活に無くてはならないものであると感じさせる。秦皇島の由来は始皇帝が不老長寿の薬を求めてここまでやってきたと言う伝説から付いた名前だが、現在は港町として栄えている。

 秦皇島からでも硬臥には乗客が乗り込んでくる。T71次は途中駅からでも寝台切符は買えるのか。秦皇島出発後港へ行く線路か、錯綜する貨物線を通過し山海関を通過する。山海関は万里の長城の一番東側に位置する。残念ながら列車内からでは長城は見ることが出来ない。ここから遼寧省に入り、北京鉄道局から瀋陽鉄道局の管轄下に入る。
 

秦皇島駅に停まっている普客貨物専用機関車

 山海関通過後いよいよ秦瀋旅客専用線に入る。秦瀋旅客専用線は過密過ぎる京哈線のダイヤ運行を緩和させようと2003年7月に造られた旅客列車専用線で秦皇島ー瀋陽北間345キロを結ぶ。始めから高速列車運行目的で設計されているため当然電化されており、従来の京哈線の列車内部から見ると線路構造が新幹線ぽく見えるようだ。ちなみに旅客専用線が開通するまでは北京発東北行きの特快列車はDF11の重連が牽引していた。
 旅客専用線を1日通過する列車の本数は上下合わせて36本で当然Z列車も通過する。ほとんどが夜のため昼間だと滅多に他の列車とすれ違う機会がない。いや北京行きのT72次だけどこかですれ違っただけだけど。専用線は土手を造ってその上に線路を敷くか、高架を造ってで走らせるかだが線路の周りには人が入って来れないように周りに鉄網柵が隙間もなく張り巡らされている。他の沿線だと所々線路に進入できる場所があるがここは高速専用線だからか別物。侵入したらえらい目に遭いそうな気がします。この旅客専用線、各地で計画があるようで今のところ確実に決まっているのは北京西ー石家庄、武昌ー広州間でこちらは時速200キロで運行できるようになるそうだ。

 旅客専用線に入ってからというもの周りは草原か湿地帯で民家はほとんど見えません。列車の速度は150キロぐら、景色の飛ぶ視覚で速度を上げている感覚が分かる。しかし揺れがまったく無いのは安心だ。時計を見ると13:00近かったので食事を摂る事にした。食道車が隣にあるから移動も楽チンです。ここの食堂はなんと25元で食べ放題(自助餐)です。25元というと日本じゃ400円に満たないがこちらに生活し、物価の空気に慣れてくると大金に感じてしまう。だが20種類近くあるメニューを見ると食べたくなるのは人間の本能か。早速食べる、味は肉料理が塩辛かった事です。最近数は多くないが列車によってはバイキングを実施しており、最近知った情報だとK339/40次も去年から開始したそうだ。

 13:40分頃、盤錦北駅通過後一部の線路が分かれ、本線と合流する。この区間は大連方面に行く線路で、T81次北京ー大連の特快はここで進路を変えるみたいだ。この車両の従業員は子供相手に疲れたようで、通路の椅子で休憩をしていた。

T71/2次のバイキング瀋陽北駅に到着

 今後の予定をノートに書いてたらこの列車長(女性)が興味を持って話しかけてきた。ノートに書き込む姿が記者に見えたらしい。まだ20代の彼女だが、この列車の仕事の熱意は熱く『もし何か不満、不都合な事がありましたらすぐにお知らせください』とまで言って来た。この言葉は相当仕事に自信を持っていないと中々言えるせりふではない。列車長がしっかりしているからこの列車の服務員もしっかりしており、この服務員が誇りに思っている列車に乗車して本当によかったと感じた。

 15:00、ようやく瀋陽北駅に到着。駅舎は改装中なのでホームはデコボコ。東北なんだけど外は暑い。短い停車時間(2分)後列車は発車する。新台子から速度が一気に遅くなる。トラブルか?何らかの工事か?答えは線路工事で片側の線路を工事していたので列車が渋滞になる。それにしても工事に従事している人の数が多く、300〜400人はいるとみた。ちょうど地面に落ちた溶けたアイスに蟻が群がる感じです。列車はスローで工事現場を通過すると、反対側では貨物列車がいくつも軒を連ねその発車を待っていた。この列車は特快だから優先運行扱いされるが、快速以下だとどうしても後回しにされるのが辛い。この時点で30分は遅れている。
 片側の線路を潰しているため、すれ違う列車の大半が貨物列車で旅客列車は見ることが出来なかった。17:10、四平通過中ようやく初期型SS9の牽引する普快を見れた。あと吉林省と黒龍江省に入るだけだ。
 
 長春には18:10頃到着予定だが、昼間熱かったせいか雷雲が発生しており風景が野原、林、雷雲と3色真っ黒で、所々雲の中から光が見え、滝のような雨が降ってきた。長春に着く頃は土砂降りで視界が悪かった。この時点で遅れはいくらか回復し17分になった。もう夜も近いので景色も夕方から闇に包まれ始める。西側を見ると真っ赤に沈みかかった夕日が見える。
 
 長春には18:27に到着、すぐ発車となった。放送ではハルピン着は20:14と言っているが、テープの声なので当てにはできない。長春発車後眠くなったのでベットに上る。別に空いている時間はベットに上っていたのでだいぶ慣れたが、それでもやはり窮屈に感じる。硬臥のイメージだと下段は他の人に占拠され雑談の場になるから、それが嫌だから誰も上ってこないなるべく静かな上段を選んだがもくろみは外れたようだ。今回の下段は静かそのもの。失敗した。

 19時過ぎ、服務員が使っていないベットメイキングをはじめた。もうすぐ終点なのか?いや工事していたから遅れは出ているはず。しかし終点が近ければ放送の案内はあるので焦らずじっとおとなしく待っていた。周りはもうすっかり真っ暗で、景色という景色は見れない。
 

土砂降りの長春駅に到着ハルピン駅に到着

 20:30、ついに終点であるハルピン駅に到着した。16分の遅れだった。ハルピンに来るのは約1年ぶりだ。下車時、列車長や服務員に笑顔で見送られた。こんな感じの良かった列車の旅は滅多に無かったからこれで満足です。

 ホームを歩いていると、隣のホームにT262次ハルピンー大連特快に高級軟臥があるのを発見し、証拠の写真を撮り、駅を出た。すぐ切符売り場に行くが4日後のT262次高級軟臥は『没有!!』と『小学生以下の回答』の一点張り。翌日の分を見せろと言ったら12人分余っていたが良く考えたら定員20人のRW19Kの高包は12人用(あとの8人用は軟臥)なのでこれは切符発売制限を行なっているとすぐに分かった。ただ文句を行っても相手は文明終了職員だから意見がかみ合わないので、明日またトライすることになった。

 ホテルは経馬ホテルで場所は中央大街付近だったが、迷いたくはないのでタクシーを使った。運ちゃんはすぐ近くだよと言い、あっという間に到着した。8元の初乗り料金で済みました。ホテルにチェックイン後すぐネットに接続。時間がかかったが、接続は完了。あとは溜まったメールと格闘していた・・・。
 そういえばホテル予約の際、ほとんどのホテルが既に満室状態になっていた。なんでも14日から20日まで何らかの会議があるらしい。このホテルを予約した際にもすぐカード引き落としとなり、しかも香港ドルで支払われたから高くついたが、泊まれないよりはましだった。

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