[ 中国鉄道倶楽部 ]>[ 中国鉄路旅行記 ] |
4月29日(金)前 プロロ〜グいよいよ労働節。この日は平日のクセに学校側が授業を休みにして、学生の皆さんを1泊2日の旅行に連れて行ってくれるイベントがあった。農民(豪農?)の家に泊まって、農民の間で使われる口語の学習をしにいくわけだ。この料金は我々が入学する際に支払った料金が含まれているので「行った方が得」なのだが、場所が「北京市昌平区」という名前を見て萎えた・・・。いつも通っている場所じゃん・・・。 ということでツマラナイ北京にいても地獄なので、お金を払って混雑する労働節に旅行をすることに決めた。労働節は中国3大国民休日なので、何処に行っても中国人だらけ。特に上海、香港、成都、チベット辺りは激混むらしい。もちろんここで超乗り鉄計画を発動してもいいのだが、北京に戻る切符を買える確率が低いので、これは断念。だったら最近自然に飢えているから「九寨溝・黄龍」に行こうと思い立った。 九寨溝は10月の国慶節が最も綺麗だといわれているが、自分は今年の6月に卒業で、その後の就職がどうなるか分からないので、とりあえず今回は「下見」という形で九寨溝に行って、幸いに中国で根拠地を得る事ができたら、10月に再び行けばいいという考えでまとまった。その後寝台軟さんにこのことを話したら、なんなら芭石鉄道にでも足を伸ばしたら?とアドバイスを受けたので、九寨溝+芭石鉄道にいくことが決まった。 さてまずどうやったら九寨溝に辿り着く事ができるか考えた。一番早い方法は北京から成都まで飛行機で飛んだあと、前もって成都で飛行機を利用した九寨溝ツアーに参加するのがベストだと思ったが、日程が短すぎ何か旅行をした気分になれないし往復航空券(片道北京ー成都間1440元)が割引が効かないのでパス。それならそうと、せめて7日間程度のツアーを探すために中国旅行会社のパンフレットを見ると、みな峨眉山行き。という事でこれも断念。後に残されたツアーは飛行機で成都に飛んだ後、翌日バスに揺られて丸1日かけて九寨溝に到着する方法しかなかった。 といっても出来れば飛行機は使いたくなかった。最近(といっても去年の10月以降乗っていないが)、飛行機に乗ると頭痛が起こりやすいので、頭痛が起こると自分はその後が大変なので、出来れば時間はかかるが列車の移動が好ましかった。という事でとある旅行会社に無理を承知で往復を列車でという無茶な願いをお願いしてみた(飛行機利用九寨溝ツアー5日間3700元、列車7日間だと3200元)。結果はOK。 ただし希望の切符は取れないかもしれませんということ。これは仕方ないが、一応快速クラスで軟臥下段という条件のもと、「絶対に取ってね」とお願いした(このときはもし希望の切符が取れなければお金は返すと言っていた→今思えば一筆書かせておけばよかった)。ついでに芭石にも行くから、私が参加できるのは成都ー九寨溝・黄龍だけね。と超わがままを願い出たらあさりOK。日本の旅行会社ならこんな融通は聞かないし、列車移動なんて絶対反対される。留学生相手だから融通が利くのかそれとも仕事を現地の旅行会社に丸投げするのか分からないが、とりあえず安排は決まった。そのご旅行会社から一人部屋を希望なら後400元払ってくださいと言われ余計に400元払ったが、結局これは嘘のボッタクリ商法だった。 結局、北京ー成都列車往復、九寨溝・黄龍に行く、芭石鉄道に乗るというスケジュールを10日かけて周るという事に決めた(結構わがままは言いました)。 後日旅行会社から電話が入り、出発当日のT7次の軟臥がもう無いんですけど、K117次の軟臥ならありますよと連絡が来たので、仕方なくK117次の軟臥下段切符を買う事になった。後で時刻表を見たら、この列車は北京西ー鄭州間で2本の特快に抜かされるものの、それ以外は抜かされず、辛うじてT7次の成都着30分前に逃げ切りという状況だったので、この列車に決定した。さらに帰りの切符T8次軟臥は成都の方で予約してありますと連絡があった。ツアー最終日に成都に戻った後は、自分の好きなホテル(ゲストハウス)へ行くと決めた。これで北京にも戻れるし、成都では家なき子にならずに済んだ。 そして2005年新たなる伝説が生まれる(ウソ)。 ページの1番上へ K117次乗車記へ |
[ 中国鉄道倶楽部 ]>[ 中国鉄路旅行記 ] |
Copyright (C) 2004-2006 borgen. All Rights Reserved. |